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土曜日

現代の思想




レヴィー=ストロースの構造主義について


 土曜日は現代の思想です。今日は、レヴィー=ストロースの構造主義について考えます。レヴィー=ストロースは、現代の思想家の有名人物です。
 レヴィー=ストロースの構造主義というものは、人類の無意識を問題にしたものです。人間の無意識の構造こそが、人類にとって普遍的なものであると主張するのです。つまり、「文明人」と、「未開人」とを、差別してはならない、と考えるものです。未開人は未開人なりの文明社会を築いて生活しているものであるということです。文明人は文明人で文化的な生活を送っていることは確かなことです。しかし、未開人も未開人なりの文化的な社会生活を送っているものであるとレヴィー=ストロースは考えるのです。未開人が文化的な社会生活を送っていない、などと考えるのは、文明人の偏見だということです。未開人は、動物のように、秩序のない混乱した生活をしているのではないのです。未開人には未開人なりの文化的生活があるということです。
 そしてその、未開人の文化というものは、人類にとっての普遍的な文化の構造を持つものと考えられるのです。つまり、未開人も、文明人と同じく、人類共通の理性によって、文化を築いて生活しているのです。文明人が、野蛮人であると考えているような未開人も、人類共通の理性能力を備えており、文化を形作っているのです。
 なぜ、未開人も、文明人と同じような理性を持つと考えられるのでしょうか。それは、「無意識の言語」というものを考えることができるからです。人間は、言語を表現することが特徴的です。文明人は、自分たちの文明化社会と、未開人たちの未開社会とを分ける基準の一つとして、言語使用能力を基準に考えたりします。文明人から見れば、未開人は言語使用能力がないものだと考えたりします。そこで、文明人は、未開人のことを、「理性的な生活をしていない」などと考えるのです。しかし、レヴィー=ストロースの主張では、未開人も、言語を使用して生活を送っているということです。その言語が、「無意識の言語」です。そのような無意識の言語を未開人は使用して生活を送っているのです。そしてその無意識の言語を表現して、未開人は未開人なりの文化社会を築いているということです。
 そのような無意識の言語は、人類に普遍的に共通する言語であるということなのです。つまり、文明人も未開人と同じ無意識の言語を持つと考えられるのです。それは、確かに、表面的な、表に出された言語を見れば、異なっているのです。しかし、表に出される前の、無意識の言語の、構造は、人類に普遍的に共通するものであると考えられるのです。そのため、未開人も、人類共通の言語を使用した、人間としての理性的な文化的社会生活を送っているものと考えられるのです。
 つまり、表面的な言葉が通じないから、という理由で、人種差別をしてはならない、ということです。自分たちが使用する言葉のみを絶対であると考えてはならない、ということです。どのような人間も、無意識の言語は同じなのです。人間の、理性や、考えていること、というものは共通したものなのです。人間の持つ無意識の言語の構造は同じなのです。それは文明人と未開人との区別はできません。文明人の未開人に対する差別はやめなさい、ということです。未開人も、人間に共通する理性を使用して、環境に適応した文化的生活を営んでいるのです。文明人も言語を持ち、未開人も言語を持つのです。
 つまり、レヴィー=ストロースの構造主義は、「人類の無意識」というものが根拠になっている考え方なのです。そのレヴィー=ストロースの主張は、科学的、心理学的な主張です。やはり、現代は科学の時代であるというわけです。正しく人間をとらえるには、人間を科学的に研究するべきである、という考え方です。現代の主流の考え方です。真理というものは、人間にとって誰にでも当てはまらなければならない、ということです。客観的でなければならない、というわけです。科学とは、客観的なものなのです。主観的であってはなりません。レヴィー=ストロースは、人間にとって客観的な真理を求めるのです。主観的に考えられる真理などは、正しくはないという考えです。
 つまり、事実を多く集めなさい、ということです。客観的なデータを大量に求めて、それを分析すれば、その結果が真理だということです。客観的な証拠となるデータも集めることなく、ただ自分の主観によってのみ真理を考えるようなことを行ってはならない、ということです。独りよがりの真理を考えるな、という主張です。未開人のことについて考えるのなら、未開人の現地調査を行って、未開人の生活の事例を多く集積した後にするべきだ、ということです。未開人の生活を実際に見たこともないのに関わらず、どうして未開人についての真理が考えられるのだ、というものです。つまり、真理とは客観的なものでなければならず、個人的な主観的な意見を真理として認めるべきではない、と、レヴィー=ストロースは主張するのです。
 そこで、レヴィー=ストロースは、人間の無意識の構造を分析するべきであると説くのです。その結果、未開人も文明人と同じような言語体系を持ち、使用していることをレヴィー=ストロースは発見するのです。つまり、そのレヴィー=ストロースの発見は、文明人の進歩した考え方であるのです。時代の先を行く考え方だというものです。文明人だけが人間としての理性を持ち、文明化社会の中に住んでいる、などという考え方は、古い考え方である、というわけです。そのような古い考え方は、人間の本質をより深くとらえていない、ということです。レヴィー=ストロースの構造主義の考えの方が、人間の本質を、以前の時代よりも、より正確に把握することに成功しているというわけです。レヴィー=ストロース以前の時代では、西欧の人間のみが正しい人間であると考えるような、狭い人間観であった、というものなのです。








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