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月曜日

日本の思想




馬場信房という人物について


 月曜日は、日本の思想の日です。今日の題は、馬場信房(のぶふさ)という人物について、です。馬場信房は、武田家の臣下として、徳川家康と戦った人物です。馬場信房は、江戸時代まで生き残ることはできませんでした。
 馬場信房は、戦国時代の武将です。馬場信房は、合戦の中で命を失っています。六十歳頃まで馬場信房は生きていました。馬場信房は、引退をしていない、という話です。馬場信房は、戦場の中で、命を落としています。六十歳の人間であれば、戦場へ出ない場合も考えられます。「六十歳になったので、合戦には出て行かない」という態度です。しかし、馬場信房の場合は、人生の最後まで、戦場へ出て行きます。戦場は、危険な場所です。長生きの人生を望むのであれば、危険な場所へ出掛けるべきではありません。
 馬場信房の死亡は、自業自得の結果であると、考えられるかもしれません。戦場へ出て行かなければ、馬場信房も、寿命を延ばすことができたのかもしれません。自分の命を大切にするのであれば、馬場信房は、戦場へ出て行くべきではありませんでした。なぜ、馬場信房は、戦場へ出て行ったのでしょうか。戦場へ出ることに対しては、馬場信房は断ることもできたはずです。馬場信房は、自己責任で戦場へ出て行ったのです。戦場が危険な場所であることは、誰にでも分かることです。戦場へ出ることを、拒否することは可能だったのです。自分の命を大切にする、という理由で、戦場へ出て行かない選択をするわけです。
 戦場へ出ることを拒否する態度は、逃避の態度かもしれません。逃避の態度は、卑怯な態度であると、一般的には認められています。しかし、一般人の多くは、日常的に、逃避の態度をとっているわけです。人間は、日常生活の上で、逃避しながら、生きているのです。逃避しなければ、人間は生き続けられません。逃避することによって、人間は人生を全うできるのです。危険な場所に近寄る人物は、長生きをすることができません。危険な場所からは、逃げることです。逃げることによって、人間は安全な人生を送ることができます。一般人の多くは、逃げながら生きているのです。逃げることは、人間にとって、一般的な生き方なのです。逃げることが卑怯な場合は、それが過剰な逃避である場合です。過度な逃避の態度が、卑怯なのです。基本的には、人間は逃避しているのです。行き過ぎた逃避の態度が、卑怯なのです。少しぐらいであれば、逃避しても構いません。
 逃避の程度によって、人間の態度にも種類を考えることができます。まず、全然逃避しない場合です。全然逃避しない場合は、無謀な態度です。そして、無謀な態度よりも、やや逃避した場合は、勇敢な態度となります。勇敢な態度よりも、若干逃避した場合は、平凡な態度です。そして、平凡な態度よりも逃避した場合が、内向的、消極的態度です。さらに逃避した場合が、卑怯な態度であると考えられます。平凡な人間は、無謀な人間や、勇敢な人間よりも、逃避の程度が高い人間です。つまり、一般的な人間は、ある程度、逃避する態度を持っているのです。危険な場所から逃避しなければ、人間は長生きできません。
 一般的な人であれば、逃避することを悪く思います。しかしまた、一般人は、全然逃避しないことも悪く思います。つまり、馬場信房の態度は、褒められる態度ではないと考えるのです。馬場信房は、無謀な行為を行って、命を落としたと考えるのです。馬場信房の人生の最後に対しては、賞賛することはできない、という意見です。馬場信房の最後は、自業自得の結果であり、同情の余地はない、と考えるのです。危険な戦場へ出て行った、馬場信房が悪いのである、という感想です。つまり、一般人は、長生きを望んでいるため、無謀な行為を避ける態度なのです。一般人は、長生きが第一目標なのです。その目標を達成するためには、常に危険から、逃避する態度を身に付けていなければなりません。一般の人間であれば、第一に、危険から逃げることを考えるのです。それが普通の人間なのです。馬場信房は、普通ではなかったのです。馬場信房が普通に生きていれば、馬場信房は、長生きができたわけです。普通に生きなかった、馬場信房が悪いのであると、一般人は考えるのです。自分の命は自分で守ることが基本です。誰でも、自分の命を自分で守っています。他人に自分の命を保護させるような人間は、依存心の強い人間です。そのため、人の命の存続に対しては、自己責任のことであると考えるのです。自分の命は、自己責任です。馬場信房の命の場合も、馬場信房の自己責任なのです。戦場が危険であることは、当たり前です。戦場へ出て行くことがなければ、馬場信房は、戦場で命を落とすことがなかったのです。馬場信房は、自分から危険な場所へ入って行ったのです。普通の人であれば、逃げるものです。なぜ、馬場信房は、危険な戦場へ出掛けて行ったのでしょうか。
 馬場信房は、六十歳まで、何度も合戦を経験していました。そして、馬場信房は、数々の大きな手柄を立てていました。手柄を立てることは、武将として、大変名誉なことです。その名誉欲を、馬場信房は強く持っていたのかもしれません。合戦には、緊張と興奮があるわけです。一度合戦の興奮を味わえば、忘れることができないのかもしれません。また、馬場信房は、何度も合戦を経験していたので、慣れがあったのかもしれません。つまり、馬場信房は、戦場に対して、危険であると感じられなかったのかもしれないのです。馬場信房は、一般人の感覚とは、異なっていたのです。馬場信房は、危険な場所を、危険であると感じないのです。むしろ、合戦を行うことに対して、前向きな態度を示していたのです。馬場信房には、合戦に対する、大きな自信があったのです。合戦を恐れる人物は、臆病者です。馬場信房には、豊富な実践経験があります。馬場信房は、六十歳まで、多くの合戦を繰り返して来ました。合戦のことであれば、馬場信房は何でも知っています。馬場信房は、合戦の熟練者です。馬場信房は、合戦の人生を生きて来たのです。
 馬場信房は、戦場の中の人生を生きていたのです。馬場信房の人生そのものが、戦場なのです。馬場信房にとって、戦場から逃避することは、自分の人生からも逃避することを意味します。馬場信房の生きていた環境そのものが、戦場だったのです。馬場信房は、戦国武将です。戦国武将の人生を生きている人物は、戦場からは逃げられないのです。戦国武将には、逃げ場所がありません。つまり、馬場信房には、覚悟があったのです。戦国武将は、戦いの中でのみ、生きることの許される運命にあるのです。戦国武将は、戦場から逃げられません。馬場信房の場合は、六十歳まで戦国武将として生きたのです。もしも馬場信房が合戦を拒否すれば、六十歳までの、自分の人生を否定することになります。六十歳まで、馬場信房は戦国武将として努力していたのです。その自分の長い努力を、簡単に否定してはなりません。六十歳だから、という理由で、自分の六十年の人生を否定する行為を、馬場信房は考えないのです。六十年間、馬場信房は戦国武将として勤務して来たのです。つまり、終身、戦国武将として生きる覚悟があったのです。戦国武将は、六十年間続けて来たことです。それは、馬場信房が、戦国武将としての自分の人生を、受け入れていた、ということです。馬場信房は、自分の人生を肯定していたのです。自分の人生を肯定していたから、馬場信房は、六十年間も戦国武将を続けていたのです。戦場の中で生きる人生を、馬場信房は肯定していたのです。馬場信房は、納得して戦場へ出て行ったのです。馬場信房は、恐れのない心境で、最後の戦場へ出て行ったのです。一般人であれば、びくびく怖がりながら、戦場へ出て行くものです。しかし、馬場信房は、全てを受け入れていたので、恐れることはありません。馬場信房は、最後まで落ち着いていました。








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